ソファでふたり


 曜日の最後の日、聖書によると世界を六日間で作った神様が休んだ七日目、そう日曜日。
そんなある日の日曜日に久しぶりに、本当に久しぶりに高尾と緑間は休みが重なった。
お互いにお互いが忙しく、休日もままならない毎日だったので高尾は大手を上げて喜んだ。 勿論緑間も、高尾程ではないが随分と柔らかい雰囲気を醸し出し喜んでいた。
そうして日曜日、二人はいつもより遅めに起きた(緑間は一度おは朝を見に起きてまた寝た)。
と言っても10時には二人とも朝食を口に入れていたのだが。
少しだけリビングでゆったりと普段は見ないテレビをソファで見ていた。

 途中高尾が甘えるように緑間に擦り寄ってきたが、押し返すことなくむしろ片手で抱き寄せて頭を撫でた。
頭を撫でられながら高尾は一瞬びっくりした顔をしたが、すぐに気持ちよさそうに目を細める。
こんなにゆっくりお互いにこうやって触れ合う事すらもご無沙汰だった。
この様なさり気ない触れ合いの一端でも二人にとっては何気ない幸せの時間だった。
折角の休みだがこのまま過ごしてもいいのではないかと緑間は思った。
普段ならば休みは休みで人事を尽くしてそれを満喫せねばならんといった考えの彼であったが、今回ばかりは違った。
それほどこうやって二人がゆっくりとお互いといちゃつけるのがしばらくぶりだったのだ。
だからこう何もしないまま二人近い距離でゆっくりゆったりと一日を過ごすのも悪くないと考えた。
ちなみに余談であるが昨日の夜はこれもまた久方ぶりに熱い夜だった。
お互いにたまりにたまっての行為だったために、随分と濃く長く激しい夜になった。

 「あっそうだ真ちゃん!出かけよう!」
そんな緑間の考えをよそにガバッと高尾はソファから立ち上がりバタバタと駆けて部屋に行ってしまった。
ぽかんと、今まで高尾の頭を撫でていた手を宙に彷徨わせていた。
暫くしてはっとしたように手を下したのと同時に高尾がひょこっとドアから顔を出した。
「何してんの真ちゃん?」
顔だけを出した高尾に緑間は溜息一つ付きながら立ち上がる。
自分も部屋に戻り財布や必要最低限のものを持ち、コートを羽織り玄関に向かう。
高尾もコートを着て軽くショルダーバックを肩にかけてブーツを履いていた。
「高尾」
「……っとぉ、お、行ける?」
「あぁ、行けるのだよ。しかし何処に行くのかくらい言え」
「あぁ、近所の大型の雑貨店だよ。生活用品がちょっと足りなくなってきてんの」
そう言いながら高尾は玄関のドアノブを回して戸を開ける。
少しだけツンとくる肌寒い空気がそこから入り込んでくる。
「生活用品……?」
「歯ブラシ」
少しだけ顔を赤くして高尾が答える。
緑間はああ、と短く返事をした。それ以上に答えようがなかったのだ。
歯ブラシ、確かに生活用品で使えばブラシが広がり役割をなさなくなるのは当たり前の事だ。
しかし今回の場合は生活に置いての消耗では無かった。
いや、生活の中の消耗と言えば消耗だが正直本来の使い方では無かった。
そもそも歯ブラシは買ったばっかりだったのだが昨日で一気に使えなくなった。
細かい事はここでは省略させてもらう。簡単に言うのならば昨日の熱い夜の一端だったとだけ言っておこう。
ともかく一晩にして駄目になった歯ブラシとその他生活消耗品を買いに行くこととなった。



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 さてそうして二人荷物を両手に持ち帰宅し、暖房を入れてココアでも飲む?という高尾に緑間は肯定を返す。
そうして二人分のココアを温めるべく台所に行く高尾の背中を見ながら緑間はソファに座る。
コートは玄関に入った時に素早く高尾がハンガーにかけている。
「(まったくよくできた嫁なのだよ)」
そう緑間は一人頷いて満足した。ちなみに別に結婚はしてないから嫁とは違うがまぁ自他共に半公式のようなものなのだが。
ソファで踏ん反りかえって(偉ぶってるのではなく素である)待っている緑間のもとに届いたのは、
暖かいココアを持った笑顔の高尾ではなかった。
「ギャーー!!」
高尾の悲鳴に緑間は手を使わずにソファから素早く身を起こした。
その速さたるや餌に飛びつくサバンナの雌ライオンより早かった。
そのまま台所に駆けこむ。
「高尾!どうし……」
「真ちゃん!」
駆けこむと同時に高尾に思いきり抱きつかれた。
しかし腐ってもキセキの世代と呼ばれていた男緑間真太郎。
飛びつかれた瞬間ぐらりと少々揺れはしたがぐっとこらえた。
そしてそのままさり気なく高尾の腰を抱き寄せる。
「どうしたのだ高尾」
「うぅう、真ちゃん……」
「ココアの粉が無かったのか?」
「それは大丈夫だけど……あれ」
そう涙目で弱弱しく高尾が指差した先を見る。そして緑間も硬直した。
高尾が指差した先、台所のタイルに這いよる混沌がカサカサと動いてきた。
「……おい」
「うん」
「今の季節は何だ」
「冬だよ真ちゃん」
緑間はもう一度それを見る。漆黒を身に纏うものがそこにいる。
「アレは、夏の湿気の多いところに出るのではないのか?」
「えっと、多分食洗機……」
おずおずと話した高尾曰く、最近冬で寒かったのでずっと食器は食洗機で洗っていたらしい。
寒い冬、寒い台所で、火も使われない暖かい場所。
暖かい水蒸気が出るその場所は、凍える冬でも、いや冬だからこそ集まるのではないか。
台所は奴らの出現ポイントナンバーワンだ。
今年の夏に出た彼らが産んだ卵やらがその暖かさに季節を間違え孵った可能性もある。
冷蔵庫の下から自販機の下から壁に床に彼らは動く。
一匹いたら三十匹はいると思え。先人の言葉が二人の頭をよぎる。
冬の場合もそうなのか。
というか冬にお目にかかれるとは思ってもみなかった。
全然嬉しくない。しかも単独じゃない、複数犯だった。
「ごめんね真ちゃん俺が寒さに負けてかまけたばかりに……」
「高尾は悪くないのだよ。お前のその手が冷たい水に傷つけられる方が俺は我慢できないのだよ」
「真ちゃん……!」
「俺が食器洗いを担当できれば良いが……」
「それは駄目!!」
ぐわっと高尾は大声を出す。必死に緑間の服を掴み懇願するように見上げる。
「真ちゃんの白魚のような綺麗な手が水仕事で皸とかになったら俺耐えられない!」
真ちゃんは台所の仕事は全面的にやらなくていいから!
そう高尾は言い、だからこれも俺の監督責任だね……としょぼんと項垂れる。
緑間はそんな高尾の肩にポンと軽く手を置いた。
「確かに台所はほぼお前に一任している。だがこの家に住んでるのは俺も同じだ」
「真ちゃん……」
「それにお前の責任だというのならそれは俺の責任でもある」
緑間は本日の蟹座のラッキーアイテムである害虫駆除スプレーの蓋を外す。
「何故ならお前は俺のモノなのだからな!」
シューーーーッッと傍を這いよっていた暗闇の使者にスプレーを噴出する。
見事にスプレーはまっすぐしっかりとそれに届いた。
「俺のスプレー噴射は落ちん!!」
「キャー真ちゃんかっこいい抱いてーーー!!!」
「いいぞ」
「今夜もよろしくね真ちゃ……あぶねぇ!」
今度は高尾が素早く古新聞紙を掴み丸め半回転しつつ壁を殴った。
ポトリ、と動かなくなったイニシャルGが床へと落ちる。
緑間の、すぐそばの背後の壁だった。
「……」
「緑間に触覚一本でも触れてみやがれ……てめぇの視界がブラックアウトだ」
そう、元々悪い方である目つきを更に悪くして、顔に影を作り高尾は残骸となったそれを見下ろす。
緑間は黙って、そっとスプレー構えていた左手を下した。


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 気を取り直して、温かいココアをソファに座って二人は飲む。
丁度良い温度に温められたそれは、こうやって一緒に暮らして覚えた温度だ。
ススス、と高尾が横に移動して、少し離れていた距離が縮まる。
ポスン、と高尾の頭が緑間の肩近くに寄りかかってきた。ゼロ距離に。
「どうしたのだよ?」
「んー……や、別になんでもないけど〜」
「そうか」
「あ、重い?」
そう言って頭を起き上がらせる高尾の肩を緑間は自分の方に引き寄せる。
ポスンッとまた軽い音がして緑間の肩付近に高尾の頭が寄りかかる。
「これくらいなんともないのだよ」
「そっか、へへ」
ふにゃりと高尾が笑う。
モゾモゾと寝床を探す猫のように身を捩じらせた後、納まるべきポジションを見つけたのか満足げに息を吐いた。
緑間は片手で置いてあった文庫本を拾い上げ器用に指を使いページを捲る。
片方の肩にのしかかる重みが暖かくて緑間は自然、口元が緩む。
それを片目だけ開けて見上げるようにチラリと見止めた高尾がにへら、と顔をハの字に崩した。
「真ちゃんどったのーふふ、幸せそうだねー」
「本がちょっと面白いだけなのだよ。あと幸せそうなのはお前だろう高尾」
「わー真ちゃんのツンデレ久々に聞いたかも。なっつかしーねー」
ふふ、と笑う高尾にそう言えばコイツはコイツで昔みたいに大げさに腹を抱えて爆笑しなくなったなと緑間は思う。
そうしてそのままその事を高尾に告げると、目を薄く開けて、伏せ目がちに懐かしげに答えた。
「だってさ、もう昔みたいに取り繕わなくてもいいし、それに今は真ちゃんだけだし」
「……そうだな」
「真ちゃんがずっと俺の隣で俺をサポートしてくれてたから今の高尾ちゃんがあるのだよ」
「それはそっくりそのままお前にも当てはまるだろう?お互い様なのだよ」
「んーやっぱツンデレ真ちゃんも懐かしくて面白いけど今のデレ期な真ちゃんも大好きなのだよー」
「真似をするな。そもそもデレ期とはなんだ、その期間が過ぎたらデレないみたいではないか」
そう言いながら緑間は身体の向きを変えて、高尾の両肩を支えながら優しく、おでこにキスをした。
「えーじゃあ真ちゃんのデレはもう一生ものですかー?」
おでこへのキスにくすぐったそうに高尾は笑う。
ケラケラと、楽しそうに幸せそうに笑う高尾に緑間は満足そうに頷く。
「ああ、年中無休なのだよ」
「やだ、うれしすぎておれ死んじゃうね」
お返し、とばかりに今度は高尾から緑間の頬にキスを仕掛けた。

 そして次はどちらからともなく、口にキスをするのだった。



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 むくり、いや、のそりと緑間は起き上がる。
あのまま暫く二人でキスをしあって、そして暖かな空間に包まれて、二人でソファで寝ていたらしい。
少しだけ軋む体に歳をとったなと顔を顰め、鳴らすように首と肩をほぐした。
そこでふと高尾はどうしたかと辺りを見回す。
キョロキョロと、先に起きたのだろうかと気持ち首を伸ばすように探す。
ふと、足元で小さな唸り声が聞こえた気がした。
下を見るとソファと、テーブルの脚の間に探していた奴がいた。
その狭い空間に転がり落ちたのか、しかしそれなのにまだ寝ている高尾に緑間は呆れたようなため息を吐いた。
「まったく、しょうがないやつなのだよ」
そう口では言いながら、しかし誰よりもやさしい顔で緑間は高尾を抱きかかえる。
そしてそのまま、すぐ上にあるソファに高尾を戻してやる。
一瞬ではあるがお姫様抱っこという状態だったわけだが、高尾は寝ていて気づかない。
さっきまでは床に寝ていたことか、狭い空間に圧迫されてたためか魘されていた高尾だったが、緑間の腕に抱かれ、触れられた時点からスヤスヤと、気持ちよさそうに寝息を立てている。
「お前は、寝ていても俺が好きなのだな」
当たり前じゃん、という返事の代わりに、ふへら、と高尾は笑った。
あまりのタイミングの良さに緑間は目を少しだけ見開くが、一緒に暮らしてきてからこういうのは何度もあった。
きっと逆もあったのだろう。
そして幸せそうにスヤスヤと寝息を立てる高尾は今はどんな夢を見ているのだろうか。
緑間は思う。
俺の夢だったら、そうでなくても幸せな夢なのならそれでいい。
いや、できることなら俺と一緒にいる夢でそれで今のように幸せに笑っててほしい。
現実でも、夢の中でも。
幸せそうに蕩けた顔で優しく笑う彼が緑間は一番好きなのだから。

(……今度は俺がココアを入れてやるか)

台所には入るなと言われているがココアを作るくらいなら問題はないはずだ。
そう思い緑間は立ち上がりキッチンに入る。
ココアの粉や砂糖の置き場所がわからないかもしれないと心配したが杞憂に終わった。
冷蔵庫を開けて横の扉に置いてあったし、綺麗に整頓された小さな棚に砂糖が置かれてた。
緑間はそれを取り出し、パッケージに書かれている説明書を読みながら二人分のコップに粉を入れる。
自分のコップには砂糖を多めに、そして高尾のコップには少し気持ち砂糖を少なめに入れる。
粉を溶かす程度の適量なお湯をコップに注ぐ。
スプーンでかき混ぜて粉を溶かし玉を無くす。
くるくるとかき混ぜる。
そういえばいつも高尾がこうしてココアを作るときに何か歌ってた気がする。
くるくるとかき混ぜるスプーンとともに楽しげに流れるメロディ。
なにかの歌なのか、童謡か、高尾のオリジナルなのかはわからない。
わからないが楽しそうに歌う高尾の背中を、ソファから見るのが緑間は好きだった。
今度その歌を教えてもらうかと緑間は思いながらダマや粉の消えたコップの中身に満足げに頷いた。
そして冷蔵庫から牛乳を取り出しコップに注ぐ。
コポコポとパックから飛び出る牛乳を二人分のコップに入れたらまた冷蔵庫に仕舞う。
そして二つのコップを電子レンジに入れて2分ほど、時間を回す。
本来なら、というか高尾なら雪平鍋に同じように材料を入れ火にかけてるくるするのだろう。
電子レンジでチンをして作るよりもそちらの方が遥かにおいしくできるだろうが、緑間にはそれができなかった。
なぜかと言われると単純に禁止されてるからだ。
入っちゃダメとかそんなやわっこいものではないのだ。
今よりは昔、二人一緒に暮らし始めたころ緑間は危うく家を燃やしかけた。
文字通り大炎上したのである。ガスコンロを使って。
あの時の高尾の慌てようと終わったあとの訳を聞いた高尾の真顔っぷりは今でも忘れられない。
「真ちゃんもう火使うのやめよう。使ったら別れるから」
そう、真顔で緑間に伝えた高尾の本気っぷりに緑間はそれ以来火を扱っていない。
ちなみに言うと別にその大炎上事件が初犯ではなかった。
今まで軽い炎上やボヤ騒ぎだったら何度も起こしてきた緑間だった。
それに堪忍袋の緒が切れた、とは少し違うが本気で心配になった高尾がついに禁止令を出したという事だ。

 それ以来緑間は、なにかをするにしても電子レンジを動かすこととポットからお湯を出すことくらいだ。
包丁も一度まぁいろいろあって同じく禁止令を出されている。
しかしそろそろ包丁くらいは持たせてもらってもいいのではないか。
そういう緑間の調理風景が100人中100人が恐怖と不安にかられることを本人は知らない。
そんなことを考えていると短いベルを鳴らすような音がして二分経ったのだとレンジは知らせる。
電子レンジの窓を開け、中からコップを二つ取り出す。
ほのかに暖かく出来上がったそれに緑間は満足そうに頷いた。
コトン、コトン、と二つ流しの台の上に乗せておいて電子レンジの蓋を閉める。
そしてさあ高尾のいるところに持っていこうと二つのコップを持ち顔を上げた。
そして緑間は思い出す。

『一匹いたら三十匹いると思え』

その先人だかなんだかの言葉を身をもって緑間は知ることとなった。


□    □    □    □    □    □    □


 今左手にあるのは固く丸めた新聞紙、そして右手には害虫駆除スプレーである。
学生時代の試合のときのように真剣に、飢えを知った獣のような目をして、湧き上がる闘気を押さえながら。
奴らは群棲だ。
一匹仕留めようが、何十匹仕留めようが一匹でも逃したらアウトだ。
どうやればこいつらをこの家から滅するには一番いいのか。
何をすれば一番人事を尽くせるのか。
そう思いながら緑間は変わらぬ距離でジリジリとその黒光りする相手を見る。
まじまじそんな見たくもないのだが、見ていなく見失う方がもっと嫌なのだ。
(今後の高尾が安心してここを使えるようにするために俺は人事を尽くすのだよ……!)
どこかで聞いたことがある。
思いっきり音がなるほど叩けばそれに周りのゴキブリがビビりその後そこは危険と察知するらしい。
そしてそのまま家から出て行ってくれるというわけらしい。
ならばコイツをまずは見せしめに殺ってやると緑間は大きく棒状にした新聞紙を振り下ろした。
「あっ……ちょ真ちゃんタンっっ!!」
マ、と言いかけた高尾の声が後ろから聞こえたような気がしたが一度振り下ろした左手は止まらない。
そのまま勢いよく床に、いや床に這いずっていた黒いそれに命中した。
モザイク処理が必要なほどに叩き潰されたそれに顔を顰めながら緑間は新聞紙をゴミ箱に捨てる。
そして残骸を処理しようと他に新聞紙はないか探す。
キョロキョロと辺りを伺っていると青い顔をした高尾が目に入った。
「……高尾?」
「真ちゃん今つぶしたの……雌……あっううん、なんでもない、なんでも」
何かつぶやいたがすぐに首を横に振り顔の前で手をぶんぶん交差させる。
「なにか言ったか?」
「ううん!あ、それより真ちゃんココア入れてくれたの?ありがとな!」
「ああ、火は使ってないのだよ」
「そっかー!じゃあ俺新聞紙出してこれ片付けとくから先コップ二つ持ってソファ座ってて!」
「わかったのだよ」
そう言って緑間は言われたとおりにコップを二つ持ち、ソファの方に向かった。
高尾は資源回収に出すまでためてある古新聞を引っ張り出し無残につぶされたそれをなるべく見ないように取る。
新聞紙で何重にもくるんでからゴミ箱のふたを開け捨てる。
明日が回収日でよかった。ゴミ箱の中にとは言え早く捨てたかったから。
手を丁寧に石鹸を使って洗ってから、高尾は緑間の待つソファへと向かった。


□    □    □    □    □    □    □



「真ちゃん気持ちいい〜?」
真上から高尾の声が降ってくる。
今現在緑間は高尾の膝枕により耳かきをされている最中だ。
始めのころは「男の膝なんて固いだけだよ」と嫌がっていた高尾だが、今ではノリノリで耳かきオプションまでつけてくれる程だ。
丁寧にしかし少しこそばゆい高尾の耳かきに緑間は微笑む。
高尾と出会ってから、一緒に暮らしてからやっぱり緑間の表情はだいぶ柔らかくなった。
それは緑間自身も、一番近くで見ていた高尾も、そして周りの人たちもみんな同じ意見だった。
「じゃあ反対の耳に行こうか」
高尾のその言葉に緑間は素直にゴロンと膝の上で転がり向きを変える。
「ふふ、真ちゃんかわいー」
「お前の方が可愛いのだよ」
「やだ真ちゃんそんな事言って手が滑ったらどうするのー?」
もーと恥ずかしそうに笑う高尾に緑間は目を閉じながら言う。
「お前が俺を傷つけるわけがないだろう」
そしてその逆にもなるように俺は人事を尽くすのだよ。

 目を瞑ったままの緑間は、その時の高尾の表情を知らない。
茹でダコのように耳まで真っ赤に染めて、泣きそうなくらいに幸せな顔をしてるのは知らない。
知らないが、それでも二人はお互いに、お互いの存在を感謝した。
「今までいろいろあったけど、一緒に暮らせてよかったよ、俺」
「フ……、俺もなのだよ。そしてこれからもだ」
「末永くよろしくね、真ちゃん」
「無論だ。むしろ逃しはしないのだよ」
ぎゅっっと上から包み込むように高尾が腕を緑間の頭に絡ませる。
少しだけ力はこもっているがきつくも痛くもない抱擁を緑間は黙って受け入れる。
「それ、プロポーズだったら嬉しいな」
「プロポーズ、なのだよ」
優しく響く心音がいつもより少しだけ早くて、それが心地よかった。


 これから先もずっとこんな日が訪れるのを二人は望んで、そして人事を尽くすのだろう。
お互いに、お互いの幸せと、そして二人ともにある幸せを願って。



えんど。