幸せの特権〜緑間真太郎の場合〜


珍しく帰宅が遅くなった緑間が静かに玄関を開けて中に入ると、高尾は既に眠っているのか明かりは一切付いておらず寂しさを感じる。
ひんやりとした廊下に足を踏み入れると、そそくさと風呂場へ向かって酒と煙草の臭いを落とす。早く高尾の顔を見たいが、こんな些細なことで眠りを妨げてしまうのも嫌なので仕方ない。手早く入浴して寝室へ向かうと、高尾がドアに背を向けて寝ているのが見える。
そっと近付くと、緑間の枕を抱き締めているのが見えて自分を求めているのだなと優越感が湧いてくるのと同時に寂しがらせてしまったのだなと申し訳なくも感じた。
ベッドに腰掛けて高尾の髪を撫でてやれば、手のひらの温もりが心地良いのか擦り寄って来る。猫のような仕草も高尾だからこそ可愛らしく感じてしまうのは恋人の欲目だと分かっていても止まらない。
しばらく撫でているとパタパタと何かを探すような動きをしていた高尾に左手を捕らえられて強く引っ張られる。何を求められているのか正しく理解した緑間は柔らかく微笑んで布団に入り込む。

「高尾、ほら来い」

優しく呼び掛けると、もそもそと緑間の腕に頭を乗せて落ち着く位置を探す。胸元にしがみつくように抱き付いた形では足りないのか、足をしっかりと絡ませて甘えてくる。

「ん〜、んぅ、にゃふ。し、ちゃ……」

2人だけの時に見せるような笑みに、少しだけ欲が出た。閉じられている生意気そうなつり目と夕焼け色の瞳に自分を写して、柔らかなアルトで名前を呼んで欲しいと思う。欲を言えば濡れた声で囁かれたいとすら思うのは最近お互いに忙しくてご無沙汰だからだろうか。
衝動をグッと抑え込んでその名前を呼ぶ声が僅かに甘く掠れているのには気付かないふりをした。

「和成……かず、なり」
「しんひゃん、んぅ」

ぐりぐりと胸元に頭を押し付けて甘える高尾の髪にキスすれば甘い匂いが緑間の鼻腔を擽る。同じシャンプーを使っているのに、こんなにも甘く香るのは高尾の匂いだからだろうか。
たったそれだけの事に鼓動が速くなる。最近はお互いのスケジュールが合わず、なかなか共に眠ることが適わなかった。残業続きの緑間と、納期が迫れば睡眠時間を削る高尾では、どうしてもすれ違いが生じてしまう。
それでも変わらず緑間の食事を用意してくれる高尾には頭が上がらない。同じ時間に食事出来ずとも高尾が如何に緑間の事を考えていてくれているかが伝わっていた。そんな高尾に対して自分は何か返せているだろうかと考えてみるが、何一つ思い当たらない。
素直になることが苦手な緑間の想いを汲んでくれる高尾とは言えど、すれ違い生活の中では不安になったこともあるだろう。しっかりと抱きついてくる高尾の指が緑間の服をきつく握っているのが何よりの証拠だ。
ぐっすりと眠る愛しい存在を抱き寄せて距離を無くす。寂しがらせた分、少しでも安心出来るように優しくしたいと思う。

「和成、愛しているのだよ」

右手で前髪を払って額にキスをすると擽ったそうに笑う表情が幼くて学生時代を思い出させる。どこか甘酸っぱい感情を引き起こされて懐かしい気持ちで満たされた緑間は、自分でも気付かない内に優しい顔で高尾を見ていた。
どんなに忙しかったり辛いことがあったりしても、高尾の穏やかな寝顔が見れるから、守りたいから緑間は頑張れるのだと思う。本当に高尾には助けられてばかりいるので、少しは望みを叶えてやりたい。

「おやすみ、明日はゆっくりできるから一緒に過ごすのだよ」

もう随分な時間だから、おは朝は録画を見ることになるだろうがそれも悪くないと思う。それとも早起きして高尾の買い物に付き合っても、久々にデートでもいい。1日高尾に振り回されるのも楽しいだろうと一人呟いてから、緑間は隣の温もりを優しく抱き締めて目を閉じた。