From ばするーむ with まい らぶ!


その黄色い物体が持ち込まれたのが、いつの合宿だったのか高尾はもう覚えていない。
とにかくいつかの合宿で。ふわふわと湯を泳いで緑間の前に澄ました顔を現したそれを、緑間の指がつんとつついた、それが最初だったことは間違いない。
「……高尾?」
そのとき高尾はもちろんというか当然というか緑間のとなりでまったりしていたわけなので、もちろんというか当然というか、緑間のその所作と言葉に噴き出した。緑間ががっつり眉をよせて、ごくごく真面目な顔をしていたのだから面白さも倍増である。えっ真ちゃん本気でそれオレだと思ってんの? マジで?
(っていうか)
オレだと思ってるのにつついてんの? つんつんしてるの? ってことは真ちゃんオレのことつんつんしてくれちゃうの!? ……と、多少湧いた思考回路になってしまったのは逆上せていたせいだと思いたい。とにかく緑間がかわいいやらおかしいやらで肩を震わせていた高尾は、そのわきで緑間が(幾分か不安そうな声で)「おい、高尾? 返事をするのだよ、のぼせたのか? おい?」とひたすら黄色い物体に話しかけているのを見て更に身悶える羽目になった。真ちゃんがオレのこと心配してるかわいい、というのと、そもそも黄色いそれ――つまりはいわゆる「アヒル隊長」という代物である――に真面目くさって話しかける真ちゃんかわいい、というので、もうその破壊力たるや圧倒的である。
どうしよう真ちゃんかわいい、オレの真ちゃんマジかわいい。
しかしながらいつまでも楽しんでいるわけにもいかないのは、周りが完全に飽き飽きした胡乱な眼で二人を見てくるのも高尾の視界は当然捕えてしまうからなのだった。あからさまに目をそらしながらも、周りのオーラは完全に「どうして男風呂でこんないちゃいちゃをみせつけられなきゃなんねーんだうぜぇ、てか死ね」である。高尾だって見る側だったら確実にそう思う。
というわけで高尾はかわいらしい生き物をずっと見ていたい気持ちをどうにかこらえて、つんつんと緑間の肩をつついた。
「真ちゃん真ちゃん」
「――!?」
ばっ。
思い切り驚いた所作でこちらを向き、睨むように眉をよせて緑間はじいっと高尾の顔を見た。
「たか、お?」
「そーそー高尾ちゃんはこっちですよ。そっちはアヒル隊長ちゃんですよ。ってか色も大きさも違うのになんでソレがオレだと思っちゃうわけ?」
「アヒル隊長……?」
わけがわからないという顔をする緑間に、高尾は「そーだよ」と湯の中からその黄色をすくい上げてみせた。はたしてどんな風に見えていたのか、露骨にびっくりした顔をするのに、ああかわいいなぁとにやにやしてしまう。掌に置いたアヒル隊長を緑間の目の前、それこそ嘴とちゅーしちゃうんじゃないの、というほどに近づけてやると、緑間は少しばかり寄り目になりながら目を瞬いた。
「……高尾?」
「いやだからなんでオレだよ!? アヒルだっつの、くそ、奪っちゃうぞ」
「奪っちゃう……?」
「通じないかー、そっかー」
言いながら、えーい、とばかりにアヒル隊長の嘴を緑間の唇にくっつけてやると、緑間の長い睫毛がぱちりと上下する。
そして不思議そうに、首をかしげた。
「……奪われたのだよ……?」
「かっ、」
ざば、と思わず高尾は立ち上がり、そのままがばりと緑間に抱きついた。

「真ちゃんかんわいいいいいいいいいいいい!!!!」

風呂場である。全裸である。
ちなみに他の部員はもうすっかり諦めていて、とうの昔に浴場から姿を消していた。


* * *


結局誰が持ち込んだのかはわからず仕舞いのまま部室に置かれていたそれは、ずっと合宿のお伴として高尾に連れられ、緑間の指でつつかれ続け、卒業と同時に当然の如く高尾のものとなった。
そうして現在は、高尾と緑間が暮らすアパートのバスルームをすっかり居場所と決め込んで、澄まし顔でバスグッズの中に鎮座している。
大学入学と同時にはじめた、ルームシェアと、表向きはそう言っている。
「同棲です、って」
ねぇ隊長、と高尾は湯の上でふよふよと揺れるアヒル隊長をつついて呟いた。大きめのバスタブは、緑間にはともかく高尾にとっては十分に足を伸ばせる広さである。全身は無理だけど。
高校時代からの、つまりはずいぶん年季が入っているはずのアヒル隊長はしかし、高尾がきちんと洗って磨いているために風呂場にありがちな汚れとは縁遠い綺麗さを保ったままに、高尾の目の前でぷかぷかと浮いていた。
「オレとしては、そのつもりなんだけどなー」
そこんとこどう思います隊長。話しかけても当然ながら答えはない。高尾がはあとため息をつくと、隊長は息に押されてふよふよと離れていった。

同棲なのかルームシェアなのかわからない暮らしが始まって、三ヶ月。
切欠は、都内の大学には進学しない、と言う緑間の言葉だった。目を瞬く高尾の前で、緑間は同じ言葉を二度言った。
「都内の大学は、受けないのだよ」
奇妙に緊張した面差しの理由がわからないままに「んじゃ、どこ受けるの」と答えた高尾の声は、もしかしたら緑間にとっては不服なほどに平坦だったのかもしれない。緑間は一瞬軽く唇を噛み、それから高尾を真似るような平坦さで答えた。
「北海道に、しようかと思っている」
へぇ北大、と、高尾は答えたのだった。へぇ、と二回呟いて目を瞬いて、「あーあ、」と高尾は小さくぼやいた。そして、変わらず平坦なままの声で答える。
「国立じゃセンター必要じゃん」
あーあ、と、もう一度。そうして高尾はやっと笑い、ごく当然の顔で緑間を見上げた。
「ちゃんと勉強教えてくれよな」
「それ、は」
緑間が、息を詰める。
高尾はにこにことしたままそれを見返して、緑間が笑ってくれるのをただ待っていた。
「……当然、なのだよ」
やがて緑間がふ、と口元をゆるめて答えたそのときに、高尾は確かに思ったのだ。

同じ気持ちでいると、そう。

とにかく二人は、夏のインターハイを己のバスケ人生の最後と決めた。高三の、春のことだ。まだ風は少し冷たい、だけど日差しはあたたかい、眠気を誘われるのに昼寝をしたら風邪をひいてしまいそうな教室の窓際で、ひっそりとした会話とぎこちない笑みは、たしかにひとつの誓いだった。


「……同棲ですよねぇ、隊長」
ぶくぶくとお湯に沈んで、高尾は遠く縁にぶつかってしまったアヒル隊長にめげずに語りかける。確たる言葉を交わしたことはなかったけれど、あの会話の後、同じ大学の赤本を手にしたときから、ふたりが共に住むことはもう決定していたように思う。少なくとも高尾はそう思っていたし、だから合格発表も二人で見て(現地に行くわけにはいかなかったから、掲載サイトをふたりで開いたのだ)、当然のように2LDKの部屋を探した。高尾が持っていった物件のリストを当然の顔で吟味した緑間と、飛行機に乗って現地に行って、見て回った末に決めたのがこの部屋だ。
決め手は、広いバスダブだった。浴室を見て、緑間が一言、此処がいいとそう言ったのだ。
二人暮らしは、順調だった。炊事はもっぱら高尾の担当で、その他の家事は分担。ただしどちらかが忙しい時は片方が負担し、その代わりとして用事が終わったら片方の奢りで食事に行った。電気代等と食費のための共用の口座には、お互いの仕送りから一定額を入れる。細々としたルールは最初に決めたものもあるし、自然と出来上がっていったものもある。何にせよ高校3年噛んで培った呼吸とでも言うべきものはこと同居に至っても遺憾なく発揮されて、さしたる問題もなく過ごした三ヶ月だ。
三ヶ月。
その間、緑間と高尾の間には何もなかった。問題も起きなかったし、その逆も――例えば関係性の進展といっていいものも、何もなかった。
「オレはさぁ」
なぁ隊長、と、高尾は小さく、どうしても声が響いてしまうバスルームの中で、ごくごく小さくその言葉を口にする。

「あれがプロポーズだって、そう、思っちゃったんだけど」

夢見がちだったかなぁ隊長、と。
問いかけられた小さなアヒルは、当然のことながらなんの答えも寄越さずに、平然とした顔でふわふわと浮いているばかりだった。


* * *


ツンとつつくとふわりと揺れる、それが高尾ではないことを緑間はもうわかっている。
どんなに広くても、緑間にとっては狭いバスタブ。それなのに広さに拘ったのは、同棲といえば一緒にお風呂、の謎のロマンのためである。未だ一度も、実現することはできていないが。
「同棲、の、つもりだったのだが……」
緑間の息で黄色いものがふわふわ揺れる。
隊長、と高尾が呼んで可愛がるので、緑間も自然とこのアヒル(なのかどうか、実のところ眼鏡を外した緑間にはよく見えもしないのだが)のことを隊長と呼んでいた。
一世一代の覚悟を決めた、あれは緑間にとっての告白だった。大学はいくらでもあった。そして選べるだけの学力を、緑間と高尾は有していた。それでも二人で都内を離れることを選んだのは、緑間にとっての覚悟だった。
口にしては居ないけれど、緑間はもう、一生この地で生きていくことを決めている。都内に戻るつもりはなく、高尾を帰してやるつもりもなかった。
「オレは、狡いだろうか」
高尾が笑ってくれた。あの時はそれだけで、すべてが許されたような気がした。当然のような顔で緑間と同じ大学に進むと言い、当然のような顔で一緒に住むための物件を探してきた男は、すべてわかっているのだと思っていた。
けれど実際のところ、ふたりの暮らしはどうあがいてもルームシェアの域を出ないで居る。二人で朝食をとって、大学に向かい、サークルやバイトに精を出して帰宅。時間によっては夕食をとって、リビングでだらだらとレポートをやったりテレビを見たりして、当然のことながら別の部屋で眠る。
引越しの際に購入した大きすぎるサイズのベッドには、『オレの体格ではこのぐらいないとゆっくり眠れないのだよ』という台詞をつけた。高校時代に緑間の私室をなんども訪れたことのある高尾は、そのベッドがごくふつうのセミダブルだったことを知っているはずだ。それなのにあの男は、よもや益体もない外向きの言い訳を、信じているとでも言うのだろうか。
「高尾」
今日はバイト先の飲み会だと言っていた。一年から必修科目が多く、高尾と二人で入ったバスケサークル(体育会系の部活ではなく、ただ純粋にバスケを楽しむだけのサークルだ)を含めればバイトをする時間など残らない緑間と比べて、工学部に入った高尾はゼミに所属するようになる四年次より前は比較的暇なのだと言う。塾講師という職はなるほど、かつては主将として下を纏めたこともある男には似合いと言えた。緑間は高尾にこそ受験勉強を教えたことがあるものの、それは高尾という飲み込みのいい相手だったから可能であっただけで、こと人に教えるという技能においては高尾のほうがよほど上だった。
「……高尾」
わかっていたことだった。湯を掻いて黄色いものを引き寄せて、またつつきながら緑間は思う。高尾はまだ当分帰ってこないだろうし、もしかしたら日付をまたぐかもしれない。
家を離れて、知り合いも居ないところに来て、二人寄り添って暮らしたって、高尾和成という男は簡単に新しいコミュニティを作ってしまう。緑間だって学部に友人が出来たし、どう足掻いても高校時代のように、何時でも一緒というわけにはいかない。
「高尾、」
さみしいのだよ、と呟いた。
指先で揺れたアヒル隊長は、『オレに言うな』とでも言いたげな顔で、ふよふよと緑間を見返していた。


 * * *


日付が変わるぐらいには帰ろうと思っていたのに、うっかりカラオケでオールをしてしまった。
遅くなるという連絡は入れていたからいいだろう、と思いながらも、朝帰りという単語に罪悪感が募る。もうそろそろ夏になるというのにひんやりとした朝の空気の中、高尾はそっと玄関の扉を開けた。
部屋の中は、当然ながら静まり返っている。緑間は自室で寝ているだろうから、多少の物音で起きるということは無いだろうが、それでも高尾は自然忍ぶような所作で廊下を歩いた。
リビングの扉の前で、立ち止まる。リビングを介して各自の部屋を繋ぐ部屋の構造は、一緒に暮らしているのにまるで顔を見ない、という状況を作らないためには理想的だったけれど、今日ばかりは少し恨みたいような心地になった。万が一にも聞き止められて、緑間が起きてくるようなことにはなってほしくない。
顔を、合わせたくないのだ。
(……喉、イテェ)
三時を過ぎれば次々と脱落者が出るカラオケで、自棄のように歌い続けた結果がこれだ。朝が来るのが恐ろしくて、眠ってしまうことが出来なかった。本当はカラオケの後にファミレスにでもしけこんで、土曜なのに集中講義がある緑間が出かけてしまうまで、時間を潰して居たかった。結局高尾以外はすっかりグロッキーで、そんな提案をする間もなく解散になってしまったのだけれど。
(真ちゃん)
ドアノブに掛けた手を、動かせない。
(オレ、勘違いしてたかなぁ)
逃亡者は北へ向かう。
そんな俗説を信じていたわけではない。けれどわざわざ不必要に遠く離れて、ふたりで暮らしていることに、高尾はどうしたって意味を求めてしまうのだ。
(真ちゃん)
扉の硝子につけた額が冷たい。ぐっとなにかがこみ上げてきそうな気がするのは、徹夜明けで可笑しなテンションになっているからに違いない。そのはずだ、と高尾は思う。
この扉を開けて、自分の部屋に戻って荷物を投げて、シャワーを浴びて寝てしまおう。そうしたらきっと夕方に目が覚めて、帰ってきた緑間を笑って迎えることができるはずだ。すっかり昼夜逆転だよと笑って、呆れた顔をされればいい。
(ああ、でも、それだけじゃ)
ぎゅう、ときつく目を閉じた。

(それだけじゃ、さみしいよ、――真ちゃん)

そろそろ夏になるっていうのにこんなに寒い朝には、それだけじゃどうしたって、つめたいよ。
ふ、と詰めた息を吐きだして、高尾はゆるりと瞼を上げた。掴んだドアノブはまだ冷たいけれど、意を決してぐっと捻る。扉を開け、一歩踏み出して――
「――っ!?」
なにか踏んだ。
そして、世界が回転した。
いくら高尾が規格外の視界を持っていようとも、扉の向こうは範囲外だ。なにか丸みを帯びたものを思い切り踏んづけた高尾は、あまりに想定外の出来事に思い切りバランスを崩し――すんでのところで頭から転ぶのは免れて、床に思い切り尻餅をつく。
「つっ、――」
痛い。尻がむっちゃ痛い。先ほどとはまるで違う意味で涙目になりながら、高尾は立ち上がる気力もなくそのまま床に座り込んだ。それから、自分が立ててしまった音に気がついてはっと顔を上げる。まずい、流石に隣室の緑間も起きてしまったのではないか。
「って、」
「――高尾!?」
え?
声が、近い。ぱちりと目を瞬くと、リビングのソファ(緑間が購入したもので、ふたり並んで座っても余裕があるほどの大きさだ。ベッドといい緑間がやたら大きな物を買いたがるのは実家のものが窮屈だったからなのかなぁ、と想像している)から立ち上がったらしい緑間と目があった。
「……へ? あれ? 真ちゃん?」
「お前、今が何時だと――いや、それより、今の音はなんだ? 転んだのか?」
「え、あ、うん」
てかなんでお前リビングで寝てたの。
その一言が口から出せずに、高尾はぱちぱちと目をまたたいて緑間を見上げる。緑間はため息を付いて高尾に歩み寄り、高尾の前にしゃがみこむと、そっと頭に手を寄せた。近い、と、認識した瞬間に鼓動が跳ね上がる。
部活の時は普通だった距離が、こと共に住むようになった今に至ってひどく久々だと気がついた。
「頭を打ってはいないか」
「え、あ、だいじょぶ」
「そうか」
会話の内容をまるで理解しないままに口から言葉は溢れだして、ほっとしたような緑間の顔にまた泣きたくなった。緑間の手がそのまま高尾の頭を撫でようとして――けれどほんの僅かの隙間を置いて、す、と引っ込められる。
(なんで)
お前、俺のこと待ってたの。
なんで、撫でてくんないの。
(なんで)

ねぇなんで、――俺達、一緒に住んでんの。

唐突に目の前が歪んで、緑間のぎょっとしたような顔が一瞬だけ見えた。ぼろぼろとこぼれ落ちるのが涙だと気付くまでに少し掛かって、認識すると同時にひく、と震えた喉から嗚咽が零れて止まらなくなった。
「っ、んっ、…‥っえ、っ」
「た、高尾? どうした、痛かったのか」
おろおろとした緑間が、まるで子どもに問うような口調で言う。いいからそのまま撫でてくれよと、自棄のように高尾は思った。えぐえぐとしゃくり上げながら首をふると、緑間は一層慌てた所作で言葉を重ねる。
「高尾? ……最初の言葉なら、俺は別に怒っているわけではないのだよ。ただ泊まるなら連絡を――」
「って、っ」
「高尾?」
「おこ、って」
怒っていいよ。
同棲だったら、相手が無断で朝帰りしたら怒るだろ。同棲だったら、相手が泣いてたら撫でるなり抱きしめるなりして慰めるだろ。なぁ緑間。
内心の訴えは、けれどひとつも口から出せない。ぼろぼろと涙をこぼし続ける高尾に困り果てた緑間が、ついにその腕を高尾へと伸ばした。
「――高尾」
遠慮の見える手つきで、緑間の手がそっと高尾の背を撫でる。たまらない気持ちになって、高尾は上体を前へ傾けた。
ぽす、と。
そこが定位置であるかのような自然さで、高尾の頭が緑間の胸に受け止められる。緑間が一瞬動きを止めて、それから、背に回った腕にぐっと力がこもった。
「高尾」

すきだ、と、耳に落とされたシンプルな言葉は、たったひとつ、ずっと高尾が欲しかった言葉だった。


* * *


「て、いうか」
腫れぼったい目に濡れタオルを当てた高尾の、風呂あがりの濡れた髪を緑間が丁寧に乾かす。リビングでタオルケットも掛けずに寝ていた緑間と朝帰りの高尾は、互いにすっかり冷え切っていて、高尾の涙がようやく止まったのを切欠に一緒にシャワーを浴びたのだ。
「なんであれが、リビングに転がってたわけ?」
高尾が踏みつけたものの正体――いまはリビングのテーブルにすまし顔で鎮座するそれは、本来なら浴室にあるはずのもの、つまりはアヒル隊長である。
「……それは」
高尾の身体を膝の間に抱いて柔らかい風を当てていた緑間が、気まずそうに言葉を止めた。高尾は僅かに首を捻り、後ろを向いて緑間を軽く睨む。
「マジ痛かったんだからなー、尻餅で済んだから良かったけど」
「それ、は。悪かったのだよ」
「そー思うならちゃっちゃと答えてくださーい」
ぐ、と詰まった緑間は、ドライヤーを止めて乾き具合を確かめるように高尾の髪をさらさらと撫でる。はい交代、と高尾は立ち上がり、体格差ゆえ同じ姿勢が取れないために、緑間をソファの前に座らせた。
「――お前が、帰ってこないから」
ふわ、と、緑間の細い髪が、ドライヤーの風で舞い上がる。
「代わりに、その」
緑間の首筋が、赤い。
「話しかけているうちに、眠ってしまったようなのだよ」
それで手から落ちたのだろう、と。
口調ばかりは冷静に緑間は言って、けれどその真っ赤に染まった首筋と耳元に、高尾は思わず「っ、」と息を呑んだ。
「――だから、その、……高尾?」
ドライヤーを止めて、ソファの上へと放り投げる。

「真ちゃんかんわいいいいいいいいいいいい!!!!」

いきなりなんだ、というかお前が濡れるのだよ!? と混乱した声を上げる緑間を、高尾はぎゅうぎゅうに抱きしめて。
テーブルの上には、手のかかる奴らだと言いたげなアヒル隊長が、朝の光を浴びて誇らしげに鎮座していた。